私は今
東京の次男の所で孫の世話をしていますが、
週末は金曜午後から蓼科に帰る日々を過ごしています。
28日の金曜日、
早めに次男のマンションを出て
練馬区立美術館に寄ってきました。
「舟越保武彫刻展 まなざしの向こうに」を見るためです。
7月から開催されていましたが、なかなか行くチャンスがなく、
9月6日に終わってしまうので
思い切って行って来ました。
練馬区立美術館は初めて行く美術館ですが、
西武池袋線中村橋から徒歩3分のわかりやすい所にあります。
東京メトロ有楽町線や副都心線直通ですので、
思ったより便利でした。
「舟越保武彫刻展 まなざしの向こうに」 東京都練馬区立美術館 2015.8.28
会場に入ってすぐ「隕石」という作品が展示されています。
ほのかに赤みを帯びた「紅霰」という大理石に頭部を直彫りした
とても美しい作品です。
下にご紹介した写真よりずっと綺麗で、
粗い粒子の白い大理石の中から
明かりが灯るように薄紅色がふんわり出ています。
私は
その優しい色合い、
静かに瞑想するかのような顔に引き寄せられて
しばらくその像を見つめていました。
★以下ご紹介する7枚の作品写真は
ポストカードと明記のもの以外はカタログからのものです。
「隕石」 1940年作 大理石(紅霰) 37Hx22Wx27D cm
舟越保武氏(1912-2002)は
岩手県の北に位置する小鳥谷(こずや)という村で生まれ、
駅長をしていた父は熱心なクリスチャンでした。
1925年旧制盛岡中学に進学しますが、
3年生に進級する直前に右脛骨の骨膜炎に罹り、
手術を受け入院します。
父は毎日術後の傷の消毒をしてくれますが、
ある日、早く傷が治るようにと
聖水(カトリック教会で司祭によって聖別された水)をかけると、
保武氏は強く反発し、怒りを父にぶつけます。
父親は静かに消毒し直ししたそうですが、
保武氏は後年その時の父親の気持ち、
親として信者として子を思う気持ちに
胸を痛めたそうです。
「萩原朔太郎」1955年 ブロンズ 24.0x29.8x33.3cm
術後の弟を励ますために
兄が送ってくれた高村光太郎訳「ロダンの言葉」に
保武氏は大変感動して彫刻の道を目指すようになります。
「T嬢」1974年 大理石 41.5x41.5x28.0cm
1939年、保武氏は東京美術学校彫刻科を卒業すると
美校同級生の佐藤忠良氏らと新制作派協会彫刻部の創立に参加します。
そして結婚。
大理石に直彫りを始めます。
練馬のアトリエ近くの石屋の親方のみが師匠であったそうです。
そんな中
1歳に満たぬ長男を肺炎で失います。
幼い子供の喪失は若い夫婦に耐え難い悲しみをもたらし、
その時に心の拠り所となったのがカトリック信仰だったそうです。
そして2年後
夫婦と娘三人、家族揃って洗礼を受けます。
1958年、
彫刻家として初めての大作となる「長崎26殉教者記念像」の制作を任され、
4年半をかけて完成します。
長崎の西坂公園に設置され、
縦3.8m、横14m、横長十字の大作です。
長崎26殉教者記念像 Wikipedia より
1597年キリシタン弾圧の犠牲となった26人の殉教者が
横一列になって祈りを捧げながら昇天していく姿になっています。
これにより舟越保武氏は
第5回高村光太郎賞を受賞します。
この制作の苦労や情熱、感慨などが氏のエッセイに書かれており、
制作中に亡き父が何度も出てきたり、
26聖人の一人が父の面影を宿しているように見えて、
かつて自分が父の愛を素直に受け入れず、
父を苦しめたことに思いを馳せるというくだりがあるそうです。
保武氏個人にとって
この26殉教者記念像は格別の思いがあるのかもしれません。
今回はそのうちの4点が展示されています。
「聖フェリッペ・デ・ヘスス」1962年
FRP(繊維強化プラスチック) 183.7x55.0x37.0cm
次にご紹介するのは
「ダミアン神父」の像です。
19世紀、ハンセン病に罹った人々を隔離する場所だったハワイのモロカイ島に、
ベルギー人の神父ダミアンは単身赴きます。
神父は全身全霊をもって人々に寄り添おうとしますが、
神父と人々の間には見えない壁があります。
ある日ダミアン神父はハンセン病に罹り、
本当の意味での隣人となり得たと喜びます。
保武氏はこの作品が一番のお気に入りだそうです。
「ダミアン神父」1975年 ブロンズ 199x65x61cm
1979年から1986年頃に制作された一連の聖女の像はシンプルで、
先を見つめる彼女たちの視線は私達を静かに優しく見守るかのようです。
「聖セシリア」「聖クララ」などは
母性のようなものも感じられる作品です。
「聖セシリア」1980年 砂岩(諫早石) 50x51x30cm
~ポストカード
1987年、
保武氏は脳梗塞で倒れ、右半身不随と視覚の変調をきたします。
倒れた翌年から左手で彫刻を始め、
4~5年して制作されたのが
「ゴルゴダⅡ」です。
力強く、心に直接入ってくるキリストの頭部です。
「ゴルゴダⅡ」1993年 ブロンズ 35.5x21.0x27.7cm
展示品を見終わって浮かぶのは
やはり
「静謐」という言葉です。
加えて、舟越保武氏の作品は
端正、精神性という言葉で語られることが多いと思いますが、
どれもその通りで、
私の心の奥で作品がいつまでも静かにそっと佇んでいます。
とても良い展覧会でした。
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