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2020年3月1日日曜日

スペインタイル「祈り」

私はスペインタイルアート工房で通信講習を受けていますが、
焼成を依頼していたタイルが
戻ってきました。

今年に入って初めての作品です。
描きたい作品はいくつかあったのですが、
なかなかエンジンがかからず、2月に入ってやっと絵筆を持ちました。

今回は薄いベージュ色のタイルを使用し、
背景は塗りません。

祈る姿を描いてみたいとずっと思っていましたが、
どんな図案が自分の気持ちにぴったりか決められず、
結局、あまり重くならない明るい雰囲気の
「祈り」の姿を描いてみました。

スペインタイル「祈り」 15㎝x15x㎝


祈る女性の周りにバラの花を配しましたが、
図案より小さな花びらになってしまい、
これも図案を描く時の課題となりました。


焼成前のスペインタイル「祈り」

◆◇◆

私は夫の定年退職後何度か海外旅行に行きました。
その旅行先は意図したわけではありませんが、
ロンドン・オーストラリア・台湾以外は全てカトリックが中心の国でした。

イタリア、フランス、モナコ、スペイン、ポルトガル、キューバです。

フランス・ヴァンスにあるマチス最晩年の作品となった「ロザリオ礼拝堂」。

「この礼拝堂を訪れる人が、心が軽くなること、
たとえ信者でなくても精神が高揚し、
思考が明晰になり、軽やかな気持ちになることを願って作った」

と、マチスが言ったように、明るく幸せな気持ちにさせてくれる礼拝堂です。


フランス・ヴァンスの「ロザリオ礼拝堂」(マチスの教会) 
~「生命の木」のステンドグラスと祭壇、「聖ドミニク」の絵
2008年7月17日


スペイン、バルセロナ郊外のモンセラット。
そこの教会には有名な「黒いマリア像」があります。
「黒いマリア像」はもとから黒かったわけではなく、
信者が供えるろうそくの煤によって長い年月の間に
黒くなったと言われています。

ろうそくに火を灯しながら熱心に祈る人々の姿が
目に浮かびます。

スペイン・モンセラットの教会 「黒いマリア像」
2012年6月7日


私にとっても
「祈り」は常にそばにある身近なものです。



★「黒いマリア像」については➡スペイン旅行(14)モンセラット 2012年8月19日

のブログ記事に詳しく書いてあります。


2015年6月5日金曜日

「ローマ人の物語」

先日「電子書籍」で「眉山」を読み終えましたので、
次は
塩野七生さんの「ローマ人の物語」を読むことにしました。
話題の作品でしたから、
もうお読みになった方もいらっしゃると思います。

私も
以前から読んでみたいと思っていたのですが、
何しろハードカバーの単行本で全15巻、
文庫本では43巻の大長編です。

早くから読んでいた友人が
「面白いけど凄い量の本。読みたいなら貸しますからね~」
と言ってくれていたのですが、
読み切れるか自信がなく、そのままになっていました。


電子書籍「ローマ人の物語Ⅰ」塩野七生 2015.6.5


「ローマ人の物語」は
1992年から毎年1冊ずつ刊行され、
2006年12月、15作目で完結した古代ローマ全史を描いた作品です。

電子版は2014年4月からスタートしたそうですが、
それこそ場所を取らず、
そして思い立ったらすぐ手に入る便利さ。

アマゾンの宅配でも1日かかるものが、
瞬時にして読めるようになるのです。


昨夜から読み始めましたが、
面白いです。

どんどん興味がわいてきます。

リヨン(フランス)のローマ劇場(紀元前15年建造)
~フランス旅行にて 2008.7.7



ポン・デュ・ガール(フランス)のローマ水道橋(紀元前1世紀頃建造)
~フランス旅行にて 2008.7.11



西洋史にも西洋の地理にも疎い私ですが、
数少ないヨーロッパ旅行で
あちこちに広がっているローマ帝国の遺跡に
その勢力の広さを思い知らされました。


セゴビア(スペイン)のローマ水道橋(紀元前19年建造)
~スペイン旅行にて 2012.6.1


塩野七生さんは「読者へ」という前書きでこうおっしゃっています。

◆

・・・なぜローマ人だけが
あれほどの大を成すことができたのか。
一大文明圏を築き上げ、
それを長期にわたって維持することができたのか。
(中略)
そして、彼らさえも例外にはなりえなかった衰亡も、
これまたよく言われるように、
覇者の陥りがちな驕りによったのであろうか。
(中略)
史実が述べられるにつれて、
私も考えるが、
あなたも考えてほしい。
「なぜ、ローマ人だけが」と。

◆


古代ローマの心臓部「フォロ・ロマーノ」の遺跡~イタリア旅行にて 2007.6.21


電子書籍でも15巻にわたります。

これから想像を膨らませながら
ゆっくり楽しんで読んでいきたいと思います。




2008年9月16日火曜日

フランス・ロンドン旅行~サン・ジェルマン・デ・プレ (終)

この旅行記では触れませんでしたが、印象に残った教会がいくつかありました。
パりのサン・ジェルマン・デ・プレ地区にあるサン・シュルピス教会とサン・ジェルマン・デ・プレ教会もその一つでした。 
image from www.flickr.com

サン・シュルピス教会に行った時、ちょうどアメリカのコーラスグループが来ていて、素晴らしい歌声を聴かせてくれました。コーラスグループはこの後もいろいろな教会を回るようでした。サン・シュルピス教会は地元の農民のために建立され、6世紀の大司教聖シュルピスに捧げられた教会です。
16世紀から100年以上の歳月を費やして大修理をし、今日の姿になりました。
サン・シュルピス教会はフランス最大のパイプオルガンやドラクロワのフレスコ画で有名ですが、最近は小説「ダ・ヴィンチ・コード」の重要な場面に使われたために観光客が大勢訪れ、教会側は困っていたそうです。
私たちが行った時はそのブームから時間が経っていたせいか、それほど観光客はいませんでした。
教会内部は派手さはありませんが、 落ち着いていて広さも十分あり、教会らしく、とても良かったです。 



サン・ジェルマン・デ・プレ教会は、パリ最古の一つと言われるロマネスク様式の教会です。


542年当時のパリ王によって聖遺物を納める修道院の付属教会として建てられましたが、575年にパリ司教聖ジェルマンが教会内墓所に葬られてから「サン・ジェルマン・デ・プレ(聖ジェルマンの草原)」と呼ばれるようになりました。
1950年代には、世界的に有名な画家や作家がここに集って議論を重ねたと言われます。
ここも静かで雰囲気も教会らしい教会でした。


どちらの教会も、パリで最も知的なエリアにあり、隣のカルチェ・ラタンはソルボンヌ大学を中心とした800年の歴史を持つ学生街です。セーヌ右岸と違って、静かで落ち着いた良い地域でした。

フランスの見所はまだまだ沢山あるようなので、せめてもう一度訪れたいと思っていますが、行きたい国はいくつもあり、フランス再訪はいつになるのか、叶うのか、わかりません。
今回初めての個人旅行で困ったことも遠回りしたこともありましたが、大きなトラブルもなく予想以上に楽しいものでした。今後も体力とお財布と相談しながら1回でも多く続けて行きたいと思っています。

2008年9月15日月曜日

フランス・ロンドン旅行~マリア信仰 


フランスを旅行していろいろな教会を訪れましたが、そこで印象に残ったことは、強いマリア信仰です。
それは去年旅行したイタリアでも同じでしたが、今回の方が訪れた教会の数が多いので、その印象もかなり強くなりました。
フランスもイタリアもカトリック国ですので、マリア信仰があるのはわかっていましたが・・・。
そこで少し調べてみました。
新約聖書にはイエスの母のマリアについてはほんの少しの記述しかなく、マリアを信仰すべきとは書いてありません。
しかし、多くのカトリック教会にはイエスを胸に抱くマリア像があります。

一神教であるキリスト教は当初、「万能なる神」のみを信仰すべきで、他の対象を信仰することは信仰対象のズレをもたらしかねず、認められませんでした。
偶像崇拝の禁止です。
これは同じ一神教であるユダヤ教、イスラム教も同じです。
ところが当時、言葉の通じにくい他民族や教育を十分に受けていない人々への普及のために教義を分かり易くする必要があり、キリスト教会はその土地の宗教や神々とキリスト教を重ね合わせていきました。
それで絵や彫像への信仰を認めたり、土着の母性信仰と重ね合わせるためにマリア信仰を黙認したりというように、教義の解釈を現実に沿って微妙に変えていきました。


こういった点もプロテスタントには受け入れ難いものでしょう。
ホセ・ヨンパルト(カトリック司祭)著「カトリックとプロテスタント」によると、
『プロテスタントはキリストがマリアから生まれたという事実は認めますが、それ以上のことは認めないようです。』
『カトリックはマリアを神またはキリストのように拝むことはしません。マリアも神によってつくられた人間であり、神でも女神でもありませんが、マリアはすべての人間のうちで最も神に近い者であり、そして神自身もマリアを大切にしました。だから、カトリック教会も昔からマリアを特別に大切にしたわけです。』 
ということです。 
聖母マリアに祈ることは、「それは神への取り次ぎとして最も力がある祈りだから」(同書より)ということだそうです。


ノートルダムNotre-Dame(私たちの貴婦人=聖母マリア)という名を冠し、聖母マリアに捧げられた教会堂が世界各地のフランス語圏に建てられています。
他のカトリック国でも同様だと思います。
布教のためとはいえ、マリア信仰がこれだけ広くいきわたっているのは、人々がそれだけ聖母マリア=母性を求めているということなのかな、と思いました。

                  ↓シンプルでモダンな聖母子像。


2008年9月7日日曜日

フランス・ロンドン旅行~ロンドン(1)


アルコールに弱い私は、ミネラルウォターばかり飲んでいたので、時々このような果汁100%のジュースで気分転換をしました。
これはフランスのスーパーや自販機で売っていたPago というオレンジジュースで、日本のポンジュースのような味で、冷えてなくても美味しく飲めるのでよく買いました。


フランスの道路上のゴミについては以前書きましたが、人通りの多い駅や道路には、所々このようなゴミ箱があります。
大体透明か半透明のゴミ袋が口元で固定されているだけのものです。
日本のように細かな分別ゴミ箱はありませんでしたので、ビンでもビニールでも紙でも一緒に捨てられていました。
どこの町か忘れましたが、ある町では道路に巨大な蓋つきのゴミ箱があり、おそらく資源ゴミ(ビンや缶など)を市民が入れるのではないかと思います。




7月18日ニース空港からロンドンのヒースロー空港まで飛び、イギリスに入国しました。
個人旅行者に対するイギリスの入国審査の厳しさが本に書いてあったので、少しドキドキして臨みました。
しかし、日本人の中高年の夫婦、しかも英国航空で来たのですから、すんなりと通過できました。
でも、予想された質問は全て聞かれました。
 滞在目的・滞在日数・滞在するホテル・帰りの航空券の提示・どこから来たか・今日は どこから来たか・・・などなど。
フランス入国の際と大違いです。
パリのシャルル・ド・ゴール空港での入国審査は、こちらの顔もろくに見ず、何も聞かず、パスポートにスタンプも押さず、OKです。
(私が悪い人だったらどうするの?!)と心の中で叫んでしまいました。
フランス旅行中、このアバウトさにあちこちこで驚かされますが、このフランス人のおおざっぱさ、いい加減さに私は魅了されていきます・・・。


ヒースロー 空港から地下鉄(Tube)に乗りましたが、ロンドンの地下鉄はパリと違って落書きもゴミもなく綺麗でした。
ホテルのあるEarl's Court で降り、ホテルまで歩きました。
駅のそばは繁華街ですが、1本入った通りにあるホテルは静かな住宅街でとても落ち着いた所でした。↓




ホテルに6時頃着いて、7時半頃夕食に出かけました。


歩いてすぐの所が駅前通りの繁華街ですので、ひととおり歩いて、よさそうなパブに入りました。
1階はカウンターやテーブルに人がいっぱいいて、にぎやかに飲んだり軽く食べたりしています。
店員に席はあるかと聞くと、dinnerなら2階の方がよく、インテリアも落ち着いていて良いから2階へどうぞ、と言われました。
     可愛いパブの看板↓ image from www.flickr.com 7.18ロンドンのパブの看板

店員の言うとおり、2階は1階と違って落ち着いた雰囲気で、家族連れや若いカップルなどが食事をしていました。



2008年9月4日木曜日

フランス・ロンドン旅行~サン・ポール・ド・ヴァンス

ヴァンスの旧市街でランチを食べた後、ニースに戻る1つ目のバス停で降り、サン・ポールに行きました。


サン・ポール・ド・ヴァンスは丘の上にある典型的な「鷲の巣村」で、中世の城郭に囲まれた美しい街です。

この街の美しさに魅かれ、マティスやシャガール、コクトーなど多くのアーティストがこの地を訪れています。


メインストリートには16~17世紀の古い家が建ち並び、ギャラリーやアトリエが連なっています。私も小さなお皿を買って来ました。
南側のニース門を出たところには墓地があり、シャガールの墓もあります。





2008年9月3日水曜日

フランス・ロンドン旅行~ヴァンス「旧市街」


ロザリオ礼拝堂を出て旧市街に戻りました。
城壁都市ヴァンスは15世紀に市場町として建設され、城壁の中には許可を得た選ばれた市民だけが住むことができたそうです。

image from www.flickr.com  旧市街にはギャラリーが多く、ひとつひとつ覘いてみたくなります。


クレマンソー広場のそばにヴァンス大聖堂があり、シャガールのモザイクが飾られています。


見過ごしてしまいそうなとても小さな教会です。
シャガールのモザイクがここにあるなんて知らない人も多いのではないでしょうか。


旧約聖書の『出エジプト記』を題材にした「パピルスの中のモーゼ」のモザイクは、ニースのシャガール美術館にあるモザイクを連想させました。


モザイク画は近くで見るとこのようになっています。小さくカットした色石や色ガラスを並べて形作るだけで、離れて見ると立体的な絵になっている・・・・モザイクの魅力です。
紀元前13世紀頃、エジプトの王は、数が増え勢力の増したヘブライ人を抑えるために、ヘブライ人の男の子が生まれたら殺すように命令を出しますが、モーゼの母親はわが子を殺さずに葦の籠に入れてナイル川に流します。
それを王妃が見つけて宮殿の中で育てるという物語の一部がモザイクに描かれています。





旧市街は普通の人々の生活の場で、お土産物屋はあまりありません。
生鮮食品やパンを売る店が軒を並べ、中世の町がそのまま現在まで続いています。




2008年9月2日火曜日

フランス・ロンドン旅行~ヴァンス「ロザリオ礼拝堂」


7月17日はニースから長距離バスに乗ってヴァンスまで行きました。
前日、近くのOffice du Tourisme でヴァンスまでのバスについて聞くと、始発から二つ目くらいのバス停が私たちのホテル近くにあり、ヴァンスまで1時間ほど乗るのに一人1ユーロ(!)だといいます。
バスに乗る時確認したら、やはり1ユーロでした。
乗ってわかったことはこの長距離バスは観光客よりも地元の人たちが多く利用していることで、このように生活に密着した交通手段なので運賃が安いのかなと思いました。
翌日プロムナード・ザングレからニース空港まで乗ったバスは、何分の1かの距離で何倍も高い運賃でした。


終点のヴァンスで降り、ひとまず旧市街にある Office du Tourismeに行くことにし、旧市街方面に歩いていましたが、なかなか着きません。
おかしいなと思い、すぐ後ろを歩いていた60代くらいのマダムに声をかけました。
 Office du Tourisme への道を聞くと、このまままっすぐ行けばよく、「私についていらっしゃい」と言ってくれました。
歩きながら、いろいろ話し、何処から来たのかと聞かれたので、日本から、と言うと、「私は日本人と話すのは初めてです」と言われました。
お礼と別れの挨拶をしてマダムと別れましたが、とても感じがよく、ほんの短い時間でしたが、一緒にいて温かさを感じさせてくれる女性でした。
Office du Tourisme でロザリオ礼拝堂の場所を教えてもらい、街の地図をもらって、今来た道を少し戻って行きました。
ここでも先ほどのマダムもロザリオ礼拝堂のことを「マティスの教会」と呼んでいました。


15分ほど歩いていくと、青い屋根に白い模様が描かれ、変わった形の十字架のかかった小さな礼拝堂がありました。
一人3ユーロ払って中へ。お御堂の中は若い司祭が後ろに座っていました。撮影禁止ですので、下の写真はすべて売店で購入したものです。


ロザリオ礼拝堂(Chapelle du Rosaire)は、マティスが【全生涯の総仕上げだ】として1947年から1951年の間、内装と装飾を手掛けたドミニコ会の教会です。
1954年に84歳で亡くなったことを思うと、マティス最晩年の作品となります。


この写真にはありませんが、祭壇の前には普通の教会のように椅子が並んでいます。
白いセラミックの壁に黒の線だけで「聖ドミニク」「聖母子」「十字架の道行」が描かれています。
輪郭だけの聖母子、十字架を思わせる両手を広げた幼子イエス・・・さまざまな情景を物語っているようです。


【この礼拝堂を訪れる人が、心が軽くなること、たとえ信者でなくても精神が高揚し、思考が明晰になり、軽やかな気持になることを願って作った】(マティス)

祭壇にあるブロンズのキリスト像。シンプルな、それゆえ、いろいろな想像を掻き立てるキリストの磔刑。


【陽気さあふれる教会。人々をしあわせにする空間】(マティス)

切り紙絵をもとに構想されたステンドグラスは、黒の素描だけのタイル壁画とともに明るく清澄な現代的宗教空間を作り出しています。
マリンブルー・濃い緑・レモンイエローの3色で構成されるステンドグラスは聖書に登場する「生命の木」がモチーフです。
ガラスはアンティークガラスで青と緑はトランスペアレント(透明)、黄色は半透明です。
ニースから少し離れていますが、ぜひ一度訪れて欲しい教会です。


今まで見てきた薄暗い教会とは違った空気が、小さな空間に溢れています。
それでいて、やはり教会、祈りの場であることを十分感じさせます。
お御堂を出ると、マティスがデザインした司祭服が展示されており、これもモダンで素敵です。


礼拝堂の庭は入れず、写真だけ撮って来ました。


2008年8月31日日曜日

フランス・ロンドン旅行~ニース「城跡公園」

シャガール美術館の庭にあるカフェでランチを食べた後、また「ル・グラン・ツアー」のバスに乗り、旧市街で降りて、城跡公園まで歩きました。



城跡公園は緑に囲まれた丘にあり、階段や坂道を上って行きます。
その坂道の塀にモザイクが施され、壺や鳥、ドラゴン、戦いの様子などが描かれ、そのデザインが面白く、思わず写真をたくさん撮ってしまいました。





上っている途中に、公園の上から流れる滝があり、水しぶきがあたるので、いっとき涼しくなります。




城跡公園の展望台からは旧市街やプロムナード・デザングレ(イギリス人の散歩道)が見えます。

18世紀よりニースは暖かい地中海に憧れる裕福なイギリス人たちが保養地として利用し、遊歩道を整備するために多くのイギリス人が寄付したことから、プロムナード・デザングレ(Promenade des Anglais)と呼ばれるようになりました。