2016年2月11日木曜日

キューバ旅行記 (5)シエンフエゴス

ツアー3日目となる1月26日は
ハバナから約250Kmのところにあるシエンフエゴスの街に向かいました。

ハバナは大西洋に面した街ですが、
シエンフエゴスとその次に行くトリニダーはカリブ海側の街です。

ハバナからシエンフエゴスへ出発 2016.1.26


高速道路も走りましたが、
分離帯も道路照明もありません。

サトウキビ畑が続く


サトウキビ畑が続く一帯があったり、
高速道路すぐそばに牛、馬、ヤギなどが放牧され、のどかな感じです。

サトウキビ畑と線路


途中トイレ休憩などを挟んで約3時間後
シエンフエゴスの街に入りました。

シエンフエゴスの街に入る


シエンフエゴス Cienfuegos は
砂糖をはじめ、コーヒーやタバコ貿易の拠点として
1819年にフランス人の移民によって造られた街です。

都市的歴史地区として2005年に世界遺産に登録されましたが、
フランスのエッセンスを感じる建物が多く、
中心となるホセ・マルティ広場の周囲にはコロニアルな建造物が立ち並んでいます。

ホセ・マルティ広場


その広場の中心にホセ・マルティの像が立っています。

キューバ独立の父と言われるホセ・マルティは
セスペデス(→ハバナのアルマス広場の像)が戦った第一次キューバ独立戦争のあと、
1895年第二次キューバ独立戦争を指導した人物です。

マルティ自身は同年戦死しますが、
キューバ独立軍はスペイン軍と死闘を繰り広げ、
1898年には島の半分以上をスペインから解放するところまできました。
しかし、独立戦争の勝利を目の前にして
アメリカの戦艦がハバナ湾で謎の爆撃を受けたためアメリカが介入し、
スペイン・アメリカ・キューバ戦争が始まります。

キューバ独立の父ホセ・マルティの像


街の大聖堂


今は市庁舎として使われている旧行政府宮殿



ホセ・マルティ広場の周辺にもクラシックカーがたくさん並んでいます




旧市街地に並ぶお店


ハバナもそうでしたが、
キューバの街は建物こそ古くペンキが剥げたり、部分的に欠けたりしていますが、
道路にゴミがあまり落ちていなくて綺麗です。

通りには観光客がいっぱいです


土産物店でベルを買ってきました。
カラフルな色合いがキューバらしくて気に入りました。

私は旅行先では
スプーンとマグネット、ベルを記念に買うことが多いのですが、
ベルはあまり売っておらず、なかなか増えません。
今回思いがけず買えて良かったです。

シエンフエゴスのお店で買ったベル


シエンフエゴスの街を少し散策した後、
海岸沿いを南に下りてレストラン「パラシオ・デ・バジェ」に行きました。
ここでランチを頂きます。
この瀟洒な建物は
1913年オーストリア人により莫大な費用と4年の歳月をかけて建てられたもので、
いろいろな様式が混じっているそうですが、アラビア風という印象が強い建築物です。

レストラン「パラシオ・デ・バジェ」


細かい細工が素晴らしく、
スペインのイスラム建築を思い出しました。

レストラン内部



レストラン内部・・・この場所でランチを頂きました


私はロブスターの胴の部分とエビの盛り合わせを注文。

調理の仕方によるのかもしれませんが、
固めのロブスターでした。
日本でもお馴染みの小エビは
柔らかく美味しかったです。

80数か国を旅行したという男性がおっしゃるには、
「エビはどこでも美味しい、間違いがない」とのことでした。
そうなんですね・・・・

ロブスターとエビの盛り合わせ


いつもソフトドリンクの私はオレンジジュース、
皆さんはビールです(向こうに見える緑の缶)。

ジュースと奥のビール


お食事の後はレストランの屋上に行って景色を眺めて来ました。

その後はトリニダーの街を目指して出発です。


次回はトリニダーをご紹介します。



2016年2月10日水曜日

キューバ旅行記 (4)ハバナ~その③

ハバナ湾に続く運河の海底トンネルを通って旧市街の対岸に来ました。

世界遺産にも登録されているモロ要塞です。

 モロ要塞 2016.1.25


かつてこのモロ要塞と対岸のブンタ要塞は太い鎖で繋がれ、
ハバナ港に通じる運河を管理していました。

しかし、1762年イギリスがモロ要塞を襲撃して1年間にわたって立てこもり、
事実上ハバナはイギリス領となります。
1年後、スペインはフロリダと引き換えにここを取り戻します。

モロ要塞は要塞としての必要性が無くなってからは
牢獄として使用され、現在は灯台の役割を果たしています。

モロ要塞から見るハバナの街並み


ところで、モロ要塞でも見かけた青い観光バスは
私たちが乗ったバスと同じタイプのものですが、
どこに行ってもたくさん走っていました。
このバスは中国から寄付されたものだそうです。
長距離観光バスやスクールバスはほとんど中国製とのことです。

クラシックカーは部品をいろいろ交換しながら使っていますが、
その部品も中国製や韓国製のものが多いそうです。

青いクラシックカーの前の中国製の観光バス


その後また海底トンネルを通って旧市街と新市街へ。

旧市街


旧市街


アメリカの国会議事堂を模したという旧国会議事堂(カピトリオ)を見ながら
革命広場へ向かいます。

旧国会議事堂(カピトリオ)


新市街にある革命広場は
メーデーなどの国家評議会議長の演説の場として知られています。

広い革命広場


広場の周りにある内務省の壁にはチェ・ゲバラ、
情報通信省の壁にはカミーロ・シエンフエゴスの顔のモニュメントがあります。

内務省の壁にある有名なゲバラの肖像


チェ・ゲバラは有名ですが、
私はカミーロ・シエンフエゴスを知りませんでした。
彼はキューバ革命で
フィデル・カストロやゲバラと一緒に重要な役割を果たしたそうです。

フィデル・カストロの肖像画や銅像などはどこにも飾られていませんが、
本人が「自分が生きている間は肖像の類は一切飾るな」と言っているそうです。
ゲバラやシエンフエゴスはもう亡くなっているので、肖像画や像があちこちにあるそうです。

情報通信省の壁にあるカミーロ・シエンフエゴスのの肖像 2016.1.25


革命広場からバスで旧市街に戻り、
ココナッツの形をした可愛らしい黄色いココタクシーに乗ってコッペリア公園に行き、
アイスクリームを食べてホテルに戻りました。

夕食はヘミングウェイが通った「フロリディータ」へ。
入ってすぐの左側のカウンターの隅にヘミングウェイ実物大の像が設置されています。
ヘミングウェイはこの席で砂糖抜きのダイキリ「パパ・ヘミングウェイ」を飲んでいたそうです。

レストラン「フロリディータ」のカウンターにあるヘミングウェイの像
~「地球の歩き方」より

もちろん私たちの夕食にもダイキリが出ました。

レストランを出た後は
オプショナルツアーに参加する私達夫婦と男性一人女性一人の計4人とガイドさんで
「キャバレー・トロピカーナショー」に行きました。


「キャバレー・トロピカーナ」は
ハバナで最も有名なキャバレーで、2,000人も収容可能な野外劇場です。
メインステージと左右の高いところにもステージがあり、
沢山のダンサーが次から次へと出てきて踊り、
男女の歌手も歌いながら踊ります。

キャバレー・トロピカーナのショー
~「地球の歩き方」より

とても華やかで、賑やかなショーです。
リオのカーニバルのような衣装を身にまとった
十代と思しきすらりとしたスタイル抜群のダンサーは、
この劇場付属の学校の生徒さんで、
試験に合格した人だけがステージに立てるそうです。

なんだか社会主義国とは思えない空間でした。

ショーは21時頃に始まり、
4人に1本ハバナ・クラブのラム酒5年物と
ラム酒を割るコーラとナッツが各自付きます。

私ともう一人の女性はまったくアルコールがダメですし、
男性陣二人も明日の観光を思えばそんなに飲めるわけでもなく、
ほとんど残ったラム酒はガイドさんにあげました。

ショーが終わってホテルに着いたのは0時頃でした。

ハバナで宿泊したホテル「メモリーズ・ミラマール」


私達はハバナで2泊しましたが、
観光できたのは正味1日。

見どころ満載のハバナは
せめて3日くらいは欲しかったというのが正直な感想です。


次は
世界遺産の「シエンフエゴス歴史地区」に行きます。



2016年2月9日火曜日

キューバ旅行記 (3)ハバナ~その②

ヘミングウェイ博物館の次はランチです。

旧市街のレストラン近くです


昼食のレストランは「ラ・ボデギータ・デル・メディオ」。
ヘミングウェイが通った店として有名で、観光客定番のお店です。

お食事には名物のカクテル「モヒート」が付きますが、
私のようにお酒がダメな人はラム酒抜きのものが出されました。
モヒートは
ラム酒、ライム、ミントの葉、ソーダ水(∔砂糖)を混ぜたカクテルですので、
ラム酒がないと香りもパンチもぼやけて私のジュースはイマイチでした。

ヘミングウェイ行きつけのレストラン「ラ・ボデギータ・デル・メディオ」


壁には来店した著名人の写真が沢山飾られています。
日本人では川島なお美さんや辰巳琢朗さんなどの写真がありました。
サインもいっぱいです。

レストランにはバンドが来て、陽気な演奏で楽しませてくれます。

バンドにはチップを上げます


昼食後は歩いてカテドラルへ行きました。
高さの異なる二つの塔が特徴です。

カテドラル


1704年建立のキューバ風バロックスタイルの教会。
中に入ってみましたが、装飾の少ないシンプルな大聖堂で、それはそれでいい感じでした。

カテドラル・・ハバナ大聖堂の内部


カテドラルからアルマス広場へと歩いて行きます。

その途中にヘミングウェイの定宿、「ホテル・アンボス・ムンドス」があります。
ヘミングウェイ博物館となっている邸宅を建てる以前に長期滞在していたホテルで
「誰にために鐘は鳴る」を執筆したそうです。

滞在した511号室は博物館として公開されています。


ヘミングウェイの定宿「ホテル・アンボス・ムンドス」


このハバナ旧市街オールドハバナと4つの要塞群は
ユネスコの世界遺産に登録されています。

旧市街は
スペインの植民地時代からアメリカ支配の時代に
財力をつぎ込んで建てられた見事な建築物が残っています。
スペイン・コロニアルな街並みの中を1950年代のクラシックカーが走る様子は
不思議な魅力に溢れています。

ハバナ旧市街




ハバナ旧市街


やがて運河に面したアルマス広場に出ます。

アルマス広場はヤシの茂った小さな広場で、
独立戦争の父カルロス・マヌエル・デ・セスペデスの像が中央に立っています。

アルマス広場


キューバは
1492年コロンブスにより発見され、スペイン人による征服が始まりました。
先住民たちは散発的に抵抗をしましたが、植民地化が進むにつれ、
スペイン人による虐殺、強制労働、疫病などによってほぼ絶滅します。

植民地化は砂糖産業、奴隷貿易を盛んにし、
キューバはスペインと中南米の中継地点として著しい発展を遂げます。
しかしながら
1830年代からスペインの支配者が次第に抑圧的になり、独立の気運が高まります。

その最初の独立闘争は
アメリカとの併合を求めたこのセスペデスによるものでした。(第一次キューバ独立戦争)
10年余りの闘争の末、1877年スペイン当局によりキューバの自治が認められ休戦となりました。

独立戦争の父カルロス・マヌエル・デ・セスペデスの像~アルマス広場


アルマス広場のすぐ横にフエルサ要塞があります。

ハバナにいくつかある要塞の中で一番古い要塞です。
要塞の見張り塔のてっぺんにラ・ヒラルティージャの像(レプリカ)があります。
これはハバナ・クラブのラベルに描かれている女性の像です。
本物は市立博物館に保存されているそうです。

フエルサ要塞


ここにもクラシックカーがたくさん並んでいました。

クラシックカーが並んでいます


そこから歩いてハバナ湾に続く運河のほとりに行きますと、
対岸にモロ要塞、第1ゲバラ邸宅などが見えます。

対岸に見える第1ゲバラ邸宅(オレンジの屋根)



次回は
バスで海底トンネルを通って対岸に行きます。




2016年2月7日日曜日

キューバ旅行記 (2)ハバナ~その①

1月24日3時25分成田からメキシコのアエロメヒコ航空でメキシコシティへ。
約12時間25分のフライトです。
メキシコシティの空港で5時間半ほどの待ち時間を過ごして
同じアエロメヒコ航空でハバナのホセ・マルティ国際空港へ。
こちらは2時間45分ほどかかりました。

飛行機から見たメキシコのポポカテペトル山・・・噴火中です 2016.1.24


ー14時間の時差があるハバナ Habana には夜の10時過ぎに着き、
すぐ空港外にある両替所で円からキューバペソに両替したのですが、
並んで待っている間の寒かったこと。
私もツアーのお仲間も成田で着ていた薄手のダウンジャケットを着ていました。
エルニーニョ現象の影響で前日まで雨が降ったり、寒かったりと異常気象だったそうです。

翌25日から観光が始まり、まずはハバナの街を回ります。
ガイドは昨夜の両替所から同行してくれたキューバ人の男性です。

大阪外語大学でも日本語を勉強したというガイドさんは
日本語がペラペラです。

心配していたお天気は良好で最高気温も24℃くらいでちょうどいい感じです。

ハバナ旧市街・・クラシックカーがたくさん走っています 2016.1.25


初めに旧市街を通って
キューバを代表するラム酒のブランド、ハバナ・クラブ蒸留博物館へ。
中庭を通って2階に上がりジオラマ(模型)を見学します。

ハバナ・クラブの中庭・・・ステンドグラスがありました

ジオラマは
1930年のラム酒工場を精巧に再現しています。
サトウキビの刈り入れからそれを運ぶ蒸気機関車が走る様子を
横からと上から見ます。

昔のラム酒工場のジオラマ 

その後
昔のラム酒製造道具や奴隷船の絵図などを見てから
バーでラム酒の試飲です。

私はアルコールがダメなので、味わえませんでしたが、
夫は7年物を飲みました。とても美味しかったそうです。

ハバナ・クラブのバーでラム酒の試飲 2016.1.25

後日、旅行中のドライブインでラム酒のミニボトルを購入しました。
透明なものから7年物までの5本セットで色がだんだん濃くなっています。

ボトルが可愛いので今はキッチンの棚に飾ってあります。

ハバナ・クラブのラム酒ミニボトルセット


次はヘミングウェイ博物館に行きました。
中には入れず、窓の外からの見学です。

ヘミングウェイ博物館の正面

アーネスト・ヘミングウェイ Ernest Hemingway は
1928年に初めてキューバを訪れて以来キューバに魅せられ、
1940年にキューバに移り住んで20年間をこの邸宅で過ごしました。
彼は「誰がために鐘は鳴る」の収入の半分のお金でこの家を建てたそうです。
そして「老人と海」などをここで執筆。

沢山の蔵書とハンティングした動物のはく製が各部屋に飾ってあります。
膝を怪我していたため座ることが苦痛で
立ったまま打っていたというタイプライターが本棚の上に置いてありました。

ヘミングウェイ邸の部屋


右の本箱の上に黒いタイプライターがあります


釣り好きのヘミングウェイは
家から望遠鏡で遠くの海の様子を見て、
船を出すかどうか決めていたそうです。

ヘミングウェイが使っていた望遠鏡


ヘミングウェイ邸から見る海


愛艇ピラール号も庭に展示されています。




そしてここにもクラシックカーが何台も止まっていました。
タクシーです。






ヘミングウェイは1960年にアメリカに帰国し、翌年猟銃自殺をします。
そして彼の遺言通り、この家はキューバ政府のものとなり、
内部はそのまま保存され博物館となりました。


博物館を出た後バスに戻り、
ランチをとるレストランに向かいます。

バスの中から大西洋を眺めます


次回は
ヘミングウェイお気に入りのレストランから始めたいと思います。




2016年2月6日土曜日

キューバ旅行記 (1)キューバについて


キューバ旅行記 (1)キューバ Cuba について

◆

今回のキューバ旅行のツアー参加者は15名。
うち一人参加が11名(男性4名、女性7名)、
夫婦一組、女性の友人同士2人一組です。

多くの国のツアーを引率している添乗員さんによると、
これだけ一人参加が多いのは珍しいことで、
キューバ旅行に関して言えば、
夫婦参加は私達夫婦が初めてとのことでした。
それだけキューバは特殊な国なのでしょう。

モロ要塞から見るハバナの街並み 2016.1.25


お一人で参加している数人にお聞きした時も
奥様やご主人から「キューバはねぇ・・・」と拒否されたり、
ただ一人の若い参加者だった女性も
友人たちを誘っても皆にノーと言われたそうです。

それでも一人で参加されたのは、
私達夫婦がそうだったように、
「アメリカとの国交回復後アメリカ資本がどっと流入する前にキューバを見ておきたい」、
というものでした。

そういう意味でも
今回キューバを旅しておいて本当に良かったと思います。

ハバナの街 2016.1.25


◇◆◇

では
キューバとはどんな国なのでしょうか。
簡単に概略を記しておきたいと思います。

正式名称 キューバ共和国 Republica de Cuba
公用語 スペイン語
首都 ハバナ
社会主義政権の国家評議会議長 ラウル・カストロ
面積 約11万K㎡ (日本の本州の半分くらい)
東西に延びる細長い島で、全長1,250㎞
人口 約1,100万人(2009年)
通貨 キューバペソ
主な宗教はカトリックだが、今では無信教者が人口の55%

北145Km先にアメリカのフロリダ半島がある。

気候 亜熱帯性海洋気候で年間平均気温は25.5℃、
乾季は11月~4月、雨季は7月~10月、
9、10月はハリケーンが多い
雨の少ない乾季がベストシーズン

私達が旅行した1月の平均は最高気温26℃、最低気温19℃くらいと言われましたが、
旅行中、最高気温が24℃の時もあれば、30℃の時もありました。

ハバナの交差点 2016.1.25


キューバの歴史について大雑把にその流れを見ますと、

①1492年コロンブスによる発見からスペインの植民地化へ
②1898年スペイン・アメリカ・キューバ戦争が起き、アメリカの支配が始まる
③1959年キューバ革命
④1961年アメリカとの国交断絶
翌年キューバ危機
⑤2015年7月アメリカとの国交回復

となりますが、
旅行記の中で少しずつ触れたいと思います。


◇◆◇

さて、キューバでは
下の図の青い丸で囲った場所に行って来ましたので、
キューバの約西半分を回ったことになります。





次回は
最初の訪問地ハバナについてお話したいと思います。




2016年2月1日月曜日

キューバから帰ってきました

昨日キューバ旅行から山荘に戻ってきました。

乗り換え地メキシコシティ上空 2016.1.24


帰りのメキシコシティから成田行きの飛行機が
機体の不具合のためキャンセルとなり、
メキシコシティの空港で10時間半ほど待たされ、
ぐったり疲れて帰国しました・・・(@_@)


ハバナ市街 2016.1.25


それでもキューバは旅行して良かったと思わせる国でした。

いろいろ興味深く、驚きも多々ありました。

トリニダーのホテル前の海 2016.1.26



30日に成田に到着した後、
ホテルに1泊して蓼科へ。

中央道から見た八ヶ岳はとても綺麗でした。

中央道から見た八ヶ岳 2016.1.31


旅行の片づけや写真の整理が終わりましたら、
ゆっくりキューバの思い出を書きたいと思います。