2010年5月20日木曜日

ルーシー・リー展

5月17日、六本木の国立新美術館で ルーシーリー 展 を見てきました。




私はそれまでルーシー・リーについて何の知識もありませんでしたが、4月18日の日経新聞に載った展覧会の案内を見て、どうしても実物を見たいと思いました。




ルーシー・リー(旧姓ゴンベルツ)は、1902年ウィーンの裕福なユダヤ人家庭に生まれ、1922年ウィーン工業美術学校でろくろの面白さに魅了され、陶芸家を目指します。
その後、ブリュッセル万国博覧会(1935年)はじめ様々な国際的な舞台で賞を受け、着実に作家として地歩を固めていきます。 
しかしながら、1938年ナチスがオーストリアに侵攻したため、リー夫妻はイギリスに亡命することになります。
その後 夫は初めの予定通りアメリカに渡りますが、ルーシーは一人ロンドンに残り、およそ50年にわたって制作を続けることになります。






当時 バーナード・リーチなどによる東洋陶磁志向のイギリスではルーシーの作風は受け入れられず、また戦争の激化と共に制作は中止せざるを得なくなり、ルーシーは陶製のボタンを作って生計を立てます。



1950年頃から、工房の共同制作者であり最も信頼する友人となるハンス・コパーの強い奨めで、ルーシーは再び自身の道を見出し、自分のスタイルを築き上げていきます。


↑↓ 掻き落としの技法による作品。





↓個別に成形されたパーツを組み合わせて新たな形を作り出す手法「コンビネーションポット」。
上と下の部分を別々にろくろで形作り、後で接合していきますが、継ぎ目の痕跡は全くなく、「割れてもわからない」(ルーシー・リー)とのこと。

  


ルーシーは「窯を開ける時はいつも驚きの連続」、「窯出しして予想通りの作品は半分くらい(アッテンボローとの対話より)」と言っています。




ルーシーはウィーン時代から釉薬の実験の様子を12冊の釉薬ノートに記していました。
そのノートからは、制作のごく初期から精力的に釉薬の実験に取り組んでいた様子がうかがわれます。





ルーシー・リーは88歳で脳梗塞で倒れるまで人生のほとんどを陶芸に捧げ、常にチャレンジを続け信念を貫きます。
そして1995年に93歳でこの世を去りました。

シンプルでモダンで老いてなお若々しい色合いの器を生み出したルーシー・リー。沢山のものを得た展覧会でした。



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